1889-1962 日本(石川県) 詩人・小説家。本名、照道。別号、魚眠洞。私生児として生まれ、養子ととして育つ。給仕・新聞記者を転々としながら詩を作り、萩原朔太郎とともに1916年詩誌『感情』を創刊。斬新な表現と詩法による「抒情小曲集」「愛の詩集」で、強い感動を与えた。のち小説に転じ「性に眼覚める頃」「あにいもうと」「杏っ子」「かげろふの日記遺文」などを残す。
全6篇130枚(一)「母に」ペン書200字詰28枚完 (二)「母から奈良へ」ペン書400字詰15枚完 (三)「榊原から奈良の女子へ」ペン書400字詰15枚完 (四)「奈良より榊原へ」ペン書200字詰29枚完 (五)「妹から姉に」ペン書400字詰15枚完 (六)「水戸より榊原へ」ペン書200字詰28枚未完(全29枚の内27枚目欠) 手紙形式で書かれた長編小説 「女学生」に掲載
全6篇130枚(一)「母に」ペン書200字詰28枚完 (二)「母から奈良へ」ペン書400字詰15枚完 (三)「榊原から奈良の女子へ」ペン書400字詰15枚完 (四)「奈良より榊原へ」ペン書200字詰29枚完 (五)「妹から姉に」ペン書400字詰15枚完 (六)「水戸より榊原へ」ペン書200字詰28枚未完(全29枚の内27枚目欠) 手紙形式で書かれた長編小説 「女学生」に掲載